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若手研究者研究紹介 鷹見 由紀子(順天堂大学)

鷹見 由紀子  博士(スポーツ健康科学)
順天堂大学 スポーツ健康科学部 スポーツ科学科 助教

 私はコーチング学を専門に研究している。「コーチング」とは、もともとは馬車を表す「coach」から生まれた言葉である。馬車の役割は客を目的地まで送り届けることであり、「行きたい場所」へ連れていく、そこから派生して、「コーチング」とは目標達成に向けて選手を支援するという意味で使われるようになった。

 私はこれまで25年以上、剣道競技を続けてきた。現在は、指導者として、また、研究者として剣道競技をコーチング学の視点から研究する研究者として剣道に携わっている。現在の研究の主なテーマは、女子剣道競技者の技術傾向および心理特性についてである。ここでは女子剣道競技者の心理特性についての研究を紹介させていただく。

 競技を行う上で、「心技体」という言葉をよく用いられている。一般的には「心」は「心理的スキル」、「技」は「技術」、「体」は「体力・体格」を示し、この3つのバランスが整ったとき、最大限の力が発揮されると言われている。広辞苑では「心技体」を「武道などで重視する、精神・技術・肉体の三つの要素」と示され、武道種目においても広く用いられている言葉となっている。競技レベルにおける技術・体力と心理的スキルの重要性の比率は、競技レベルが高いほど心理的スキルが競技パフォーマンスに寄与する比率が大きくなる。

 さらに、剣道はスポーツ種目の一つであるが、武道と称される日本伝統の運動文化種目の一つでもある。武道は、武術から派生しており、単なる技術の修練や勝敗の結果のみにおぼれず、武技による人格形成を求めることを目的とされている。そのため、全日本剣道連盟が掲げる剣道の理念においても、「剣道は剣の理法の修錬による人間形成の道である」と記されており、剣道は技術向上のみならず、「人間形成」いわゆる「精神鍛錬」にも重きを置いている競技である。したがって、これまで剣道選手の精神性に関する研究も多く行われてきた。

 競技者を対象とした心理調査には質問紙が多く用いられており、剣道競技者を対象とした心理調査でも、質問紙が多く用いられている。特に徳永らにより開発された、「心理的競技能力診断検査」(以下、「DIPCA.3」と略す)は、スポーツ選手の一般的な傾向としての心理的競技能力を12の内容に分けて、心理面の長所・短所を診断するものである。

 しかしながら、質問紙は、短時間で多人数の心理現象を把握でき、結果の一般化がしやすいという長所がある一方で、回答者が偽った回答をする可能性があると指摘されている。競技者の心理的特徴を明らかにするためには質問紙だけでなく、投影法をはじめとする他の手だてを併用することが必要であると言われている。投影描画法は、元々は精神病患者の治療として用いられていた技法であるが、昨今、競技者の心理サポートや心理アセスメントにも広く利用されており、競技者を対象とした調査では、投影描画法の中でもバウムテストが多く用いられている。バウムテストは、紙と鉛筆といった簡単な用具のみで実施可能といった利便性があり、より深い感情や、抑圧されている感情や欲求が自己防衛の必要性なしに投影されやすく、他の診断法と一緒に用いることに本来の価値があるとされている。そのため、質問紙と併せてバウムテストを用いた調査も報告されている。

 これらの背景を踏まえ、女子剣道競技者を対象にDIPCA.3およびバウムテストを併用した心理調査を行い、女子剣道競技者の心理特性を明らかにした。また、女子剣道競技者の競技レベルによる心理特性を探るため、トップ選手群と大学生群で比較検討した。

 まず、研究対象とした女子剣道競技者の特性として、女子競技者の中でも非常に高い心理的競技能力を有していたことが示唆された。また、DIPCA.3の集計結果から、「闘争心」が高く、「リラックス能力」は低い数値を示した。相手と対峙し、相手に立ち向かっていく剣道の競技特性から「闘争心」は高い状態にあり、一方で「リラックス能力」は低い状態にあることが望ましいことが推察された。

 次に、本研究で特に剣道の競技特性が表れた結果として、両調査から、剣道の競技特性より「自己コントロール」が高い傾向にある可能性が推察された。DIPCA.3における「自己コントロール」尺度は、トップ選手群が大学生群に比べて有意に高い得点を示し、さらにバウムテストにおいて、トップ選手群の描いたバウムは、画用紙からはみ出して描かれたバウムはみられなかった。劇団員を対象としたバウムテストの調査では、劇団員は非日常の世界を舞台で生み出す、いわば枠にとらわれず、自由に自分を表現する能力を有する集団であるため、描かれたバウムからも枠にはめ込まれず、はみ出して描かれたバウムが多くみられた。一方で、剣道は決められた枠の中で自分を律することで、精神鍛錬の向上を目指す競技である。そのため、特に女子剣道トップ選手群においては、はみ出してバウムを描いたものはみられなかった。したがって、「自己コントロール」しようとする姿が表現されていたことが推察された。剣道選手は明示的ルールからより離れたところで、高度な技術を求め、決められた枠の中で相手と対峙し、互いに究極の一本を狙い合っていると言える。このような剣道の競技特性により、枠の中に収まろうとする姿を表現していたと考えられる。さらに、両調査から、「自信」は高い競技レベルの者ほど高く持っていることが示唆され、剣道の競技力向上に求められる重要な要素である可能性が推察された。 最後に、女子剣道トップ選手は画用紙いっぱいにエネルギッシュなバウムを表現しており、枠の中で堂々たるバウムを描いている印象が強く、それは女子剣道トップ選手の心理特性として考えられた。

【学歴】

清和大学 法学部 法律学科 卒業

順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科 コーチング学専攻 博士前期課程 修了

順天堂大学大学院 スポーツ健康科学研究科 コーチング学専攻 博士後期課程 修了

【論文】
Techniques and tactics from medal-winning men’s and women’s national teams in the 16th World Kendo Championships. Yukiko Takami, Mitsuru Nakamura, Takamitsu Iwamoto, Tatsuya Ohno, Ken-ichiro Mutoh, Mayumi Otsuka. Arch Budo 2018; 14:197-204.

Identifying the motivating factors influencing the enjoyment of kendo by international practitioners: a study to support international kendo adoption and growth. Takamitsu Iwamoto, Mitsuru Nakamura, Yukiko Takami, Tatsuya Ohno, Yuji Arita. Arch Budo 2018; 14: 149-157.

スポーツの長期的継続が歩行動作に与える影響について.大野達哉,中村充,鷹見由紀子,岩本貴光,中野雅貴,福尾誠. 身体運動文化学会:2018.

世界剣道選手権大会における有効打突の傾向―第15回大会と第16回大会の比較から―.川端大輔,廣野準一,武藤健一郎,大塚真由美,鷹見由紀子,高橋健太郎,齋藤実,笹木春光,天野聡,吉村哲夫.日本武道学会:2016.

公立中学校の武道必修化に伴う剣道普及・振興に関する一考察―木更津市立中学校の事例を踏まえて―.鷹見由紀子.清和大学清和研究論集(20):125-164,2014.

Technical and tactical characteristic of Japanese high level women kendo players: comparative analysis.Mitsuru Nakamura,Yukiko Takami,Masaki Nakano,Kiyoshi Itou,Naoya Maekawa,Masahiro Tamura.Arch Budo 2014; 10: 91-99.

【受賞歴】

身体運動文化学会 若手奨励賞(2017)

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