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若手研究者研究紹介:北川 修平 (愛知教育大学 教育学部 助教)

若手研究者研究紹介

メルロ=ポンティの現象学的身体論と身体知

北川 修平 [スポーツ現象学]

 

 私の専門分野は、メルロ=ポンティの現象学的身体論であり、現在は現象学的身体論を基盤とした身体知研究や、現象学に近接した思想であるエコロジカル・アプローチを基に体育授業や集団スポーツにおけるトレーニング理論に関する研究を行っています。

 身体知に関する研究は、身体運動に関わる研究領域だけではなく、認知科学や看護学、マネジメント学など学際的に展開されています。身体知の原理的研究に着目すると、身体知は「embodied knowledge」として「身体化された知」「身体に根付いた知」と表現され、しばしばポランニーの暗黙知の概念と関連して用いられてきました。身体知と暗黙知の概念区分に関しては、身体知と暗黙知を同じものとする立場や、身体知が暗黙知に包含される立場、暗黙知が身体知に包含される立場が存在します。このような身体知と暗黙知の概念区分について整理することは、身体知研究における研究対象の問題にかかわります。私の研究では身体知と暗黙知の概念区分における、身体知⊂暗黙知、身体知=暗黙知、身体知⊃暗黙知、以上三つの立場を検討し、身体知⊃暗黙知であること、身体知には暗黙知だけではなく,他者との共体験により伝達可能になる現勢的な知があることを明らかにしました。

  次に、明らかにした身体知と暗黙知の概念区分に対してメルロ=ポンティの現象学的身体論から考察を行い、身体知の概念と現象学的身体論の接続を試みました。メルロ=ポンティの身体論においては、われわれの現に今感じているありありとした生きられた経験に焦点が当てられ、そのような生きられた経験を担う身体が現象的身体と呼ばれます。現象的身体には、身体図式が存在する潜勢的領域における習慣的身体と、習慣的身体によって顕在化された身体である現勢的身体の二つの領域が存在しています。一方で、現象的身体が二次的に表現された身体は客観的身体と呼ばれます。客観的身体とは、身体を筋肉と骨とから構成する生理学におけるような機械論的身体です。

 このようなメルロ=ポンティにおける現象学的身体論を踏まえ、身体知と暗黙知の概念区分を考察した結果、現象的身体が持つ知として身体知、習慣的身体が持つ知として暗黙知が存在することを明らかにしました。また、他者との共体験により伝達可能になる現勢的な知は現勢的 身体が持つ知として存在し、身体知を概念や図などによって二次的に表現した形式知や情報知は、現象的身体の二次的な表現である客観的身体における知として概念区分することができることを示しました。現在はこのような身体知の原理的研究を踏まえ、身体知における暗黙知を獲得する経験を現象学的に明らかにする研究や、個々人の身体知と組織知の概念の関係性を明らかにする研究に取り組んでいます。

 また、このような身体知と現象学の研究に加え、現象学の思想の延長に位置するエコロジカル・アプローチに関する研究も行っています。エコロジカル・アプローチは、ギブソンの生態学的心理学を基盤として人間の活動を人間と環境の規模で捉える立場です。例えば椅子に座るという行為は、単に足を曲げて座面に腰掛ける体勢をすることができる運動能力と、座る椅子が体重を支持し、臀部が収まる広さを持っていることで遂行されます。この時の椅子が持つ意味や価値といった環境の特性が、広く知られているアフォーダンスです。このように人間の活動は、身体と環境のマッチングとして捉えられるため、身体と環境を切り離すことができません。このような立場を基に、運動学習やトレーニング理論として現れたものがエコロジカル・トレーニングです。

 エコロジカル・トレーニングにおいては、運動学習は学習者が環境に適応していくなかで行われ、身体と環境のマッチングとしてスキルが捉えられます。そのため、エコロジカル・トレーニングでは、学習環境をどのようにデザインするのかが重要であり、その方法論は制約主導型アプローチと呼ばれます。制約主導型アプローチとは、人間のあるスキルの発現を、個人的制約・環境的制約・タスク制約、これら三つの制約の相互作用によって創発されるものと捉え、学習環境における制約をデザイン(操作)することによって運動学習を生じさせる方法です。例えば、童話の「北風と太陽」において無理やり旅人の外套を脱がせようとする北風に対して、旅人が暑さに適応するために自ら外套を脱ぐように、太陽は日差しによって気温を上げます。太陽は気温という環境的制約を操作することによって、旅人の外套を脱ぐという創発させる、このように人間の活動や運動学習を捉えるのが、制約主導型アプローチの理解しやすい事例だと思います。

 このエコロジカル・トレーニングから着想を得、これからは暗黙知の獲得方法としての制約主導型アプローチの有効性に関する研究や、運動指導において用いられるエクスターナルフォーカスと制約主導型アプローチの関連性についても研究を進めていきたいと考えています。

【学歴】
広島大学 総合科学部 総合科学科 卒業
広島大学大学院 総合科学研究科 身体運動科学専攻 博士課程前期 修了
広島大学大学院 総合科学研究科 身体運動科学専攻 博士課程後期 修了

【論文】
北川修平(2023)身体知の概念に関する現象学的研究.体育・スポーツ哲学研究45(1):15-30.
大藤潤也・ 北川修平・岡崎祐介(2023)水泳・水中運動授業における授業改善のための一考察.至誠館大学研究紀要 10:21-31.
北川修平・倉本晃司・上泉康樹(2022)エコロジカル・トレーニングに関する思想的研究 ―集団球技スポーツの新たなトレーニングコンセプトの確立に向けて―.身体運動文化研究 27(1):1-17.
上泉康樹・北川修平(2020)サッカーのゲーム分析のための原理論構築に向けたスポーツ現象学に関する研究 ―ゴール型集団球技スポーツの身体性について―.身体運動文化研究 25(1):1-19.

【受賞歴】
身体運動文化学会 若手奨励賞(2020)

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