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若手研究者研究紹介:横尾 智治(筑波大学附属駒場中高等学校 教諭)

若手研究者研究紹介(コラム)

マルチスポーツへの期待

横尾 智治 [体育科教育学]

 筑波大学は、2023年度と2024年度の2年間、文部科学省委託事業「特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」に採択され、私は附属駒場中高等学校でこの事業に関わらせていただきました。
 特定分野に特異な才能のある児童生徒は、その才能や認知・発達の特性等がゆえに、学習上・学校生活上の困難を抱えることがあると指摘されています。しかし、これまで我が国の学校において、特異な才能のある児童生徒を念頭においた支援の取組はほとんど行われてきませんでした。
 このため、本事業では、こうした児童生徒への支援方策を開発し推進するため、多様性を認め合う個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実の一環として、特異な才能のある児童生徒に対する支援に関する取組を検討しました。
 詳細については筑波大学附属駒場中高等学校、通称「筑駒」の事業報告書にまとめられていますが、調査から見えてきたことは以下のようなものでした。
「才能が伸びる環境」と、それを可能にする風土の特徴として、
第一に、特性や関心に応じて、学び方や居場所などを、一人ひとりが自分自身で決定し選択することを尊重する文化がある点、
第二に、教員の権威や生徒どうしの競争関係ではなく、生活のなかに互いを認め合う関係に基づく安心感があること、
第三に、受験や成績といった外的な動機ではなく、「知的なよろこび」を分かち合う授業を軸としていることです。
 この3つは生徒だけでなく教職員の間にも浸透しており、その底流には、一人ひとりの「人格」を尊重する風土があります。
 この事業に関わる上で、私は才能と教育(岩永・松村、2010)という本を参考にしました。その本では才能のある児童生徒への支援は、早期教育やエリート教育に特化したもののみではなく、才能教育について広く紹介されています。そして15章に分けられた章立ての中でスポーツについても才能教育が論じられています。
 競技スポーツ環境の整備の点では、次のようにまとめられています。
 日本の競技スポーツは、成長段階での評価・選抜とグラスルーツからの育成に重点を置いてきましたが、1986年ソウルアジア大会での成績低迷を受け、国際競技力向上のため、臨時教育審議会が国立スポーツ医・科学研究所とナショナルトレーニングセンターの設置を提言しました。これにより、1990年に国立スポーツセンター(JISS)の設置が決定、2001年に開所し、医学・科学・情報からの支援と研究、情報拠点としての役割を担っています。2008年にはナショナルトレーニングセンターがJISSに隣接して開所しました。また、日本オリンピック委員会(JOC)はトップレベル育成のために3つのスポーツアカデミー事業を展開し、さらに文部科学省は中核拠点以外での強化拠点整備を2007年から進めています。
 特異な才能のある児童生徒を支援する取り組みの観点からスポーツの支援についてここまで述べてきましたが、児童生徒にとって才能があるかどうかに関わらず、分野が学校教育か、スポーツかに関わらず、どの分野でも支援は必要です。特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業の知見を多くの児童生徒にも活用できれば良いと思います。
 サッカー競技における日本サッカー協会(JFA)の掲げる「Japan’s Way」が一つの方針であるように思われます。その分野で最高水準を追及する人と、楽しく取り組みたい人との共存があって良いと思います。JFAの「Japan’s Way」では次のように述べられています。
「誰でも楽しめるサッカー」と言うと「そんなことでは勝てないのでは?」、逆に「代表の強化」「競技力向上」と言葉に出すと、「グラスルーツの事は考えなくていいのか」、という反応が生じてくるのも無理はありません。しかし本当にそうでしょうか。
 ワールドカップに手の届く国々というのは、サッカーで幸せになることでさらなる発展が生み出され、代表の活躍でさらに視野が広がり「応援できる代表チーム」が国民を幸せにしていることがわかります。すなわち強化と普及の2つのピラミッドが、それぞれが密接にかかわりあいながら「シナジー(=相乗効果)」を生み出しているというのです。コンペティティブなサッカーとウェルビーイングのためのサッカーが関連を持ちながらダブルピラミッドを形成しています。
 以上のようにJFAのJapan’s Wayで示されています。学校の部活動の中でも試合に勝ちたい生徒と運動スポーツを楽しみたい生徒と考え方の違いがあり問題になることがあります。これまでは一方に方針を統一したり、別のチームに分けてしまうことがあると思いますが、これからはその違いをお互いに認め合い共存していく方向性で良いのではないでしょうか。
 スポーツ庁では子供たちのスポーツ活動の一層の充実を図るべく、特にジュニア期の子供たちを対象に、ニーズに応じながらスポーツに親しむ環境(マルチスポーツ環境)を構築していくことが極めて重要であるとしています。このマルチスポーツという考えが児童生徒に浸透すると、私たちの運動スポーツが活性化できるのではと期待しています。
 マルチスポーツでは運動能力の向上が目的ではなく、「スポーツや体を動かすことが好きになる」こと、「ウェルビーイング」の向上という面も重視されています。多様なニーズに合わせた誰もがスポーツを楽しめる環境の大切さが今は求められているといえるのではないでしょうか。

さまざまな運動スポーツを体験できる「学校」(著者提供)

 何か一つのコミュニティにとらわれるのではなく、複数の知的好奇心を満たす取り組みを重視すること、広い領域で挑戦することの価値が認められると良いと思います。
 試験に合格するためにスポーツをやめてしまうのではなく、例えばスポーツに取り組む頻度を減らして時間の使い方を考え、多様な経験や学びを大切にすることは可能かもしれませんし、複数の課題を同時に取り組むことで得られる経験も多くなります。
 2021年に筑波大学運動生化学研究室の取り組みとして毛髪コルチゾールを指標とし、受験生のストレスと身体運動による気分転換の関係の調査がありました。身体運動によってストレス耐性が高まり、学力や体力を発揮できる可能性が検討されました。
 多様なスポーツ機会の創出が大事と言われますが、児童生徒にとって学校は運動スポーツに触れやすい場となっています。マルチスポーツの推奨によって複数の種目や学業との両立などによってスポーツ機会が増え、社会に変化をもたらすことになるよう学校でも取り組んでいければと思います。

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参考文献

岩永雅也・松村暢隆(2010)才能と教育―個性と才能の新たな地平―第12章,スポーツの才能と教育:平野裕一

影山雅永・日本サッカー協会(2022)Japan’s Way,JFA.jp,https://www.jfa.jp/japansway/(2025.4.5閲覧)

文部科学省(2025),令和6年度 特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業について,https://www.mext.go.jp/content/20250421-mxt_kyoiku01-000035034_18.pdf(2025.6.17閲覧)

筑波大学附属駒場中高等学校(2024)特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業

横尾智治,早貸千代子,加藤勇之介,桑水隆多,征矢英昭,他,(2021)高校生の身心コンディショニングの実践報告、筑波大学附属駒場論集61集

横尾 智治,松岡 弘樹,安藤 梢,西嶋 尚彦,「高校体育における主体的問題解決能力の育成のための達成度評価テスト項目の開発 : 国立大学附属学校の事例」(2021)身体運動文化研究第26巻1号において優秀論文賞に選ばれた

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