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[研究者コラム] 田井健太郎(群馬大学共同教育学部)





「異文化理解」を考える

 「多様性diversity」という言葉を見ない日はないくらい社会のあらゆる場所で用いられています。一人一人を尊重し様々な価値観を共有する意味での「多様性」は1960年代にはアメリカで推進され始めたと言われています。2015年にSDGs(Sustainable Development Goals持続可能な開発目標)が採択されて以降、「多様性」という概念は、私たちの生活でますます意識されています。

 そうした時代にあって「多様性」の理解をすすめる態度として「異文化理解」があります。(「多文化理解」「多文化共生」にも期待が寄せられています)。様々な人びとと生活し、学習し、社会を築いていくことに、異文化理解は不可欠です。外国人や異なる地域で生活する人たちに対しての理解だけでなく、同じ言語、同じ地域、同じ文化圏で生活している(と思っている)人に対しても、「多様」な一人一人として理解をすることが、「多様性」社会の土台になると思われます。学校教育の現場でも、異文化理解の学習は、言語、美術、料理、音楽、民族スポーツなどを題材として広く行われています。体育、スポーツに関する活動としては、「一校一国運動」や「世界ともだちプロジェクト」などの活動が展開されています。

 今日、政治的・宗教的対立が現実的な衝突となって表出しています。しかし、世界で起こる社会的問題は大切な学習の対象でありながら、学校教育の場で政治的立場を踏まえて考えたり、宗教的立場を踏まえて価値観を問い直したりする学習は、避けられがちです。そうした背景には、教師が思想的中立性を保って事象を説明し子ども達の思考を深めさせる役割を担うのは大変な労力を要するという理由があることが想像できます。生々しい価値観を扱う学習活動は、賛否を生むのです(日本だけでしょうか)。

 その点、異文化理解の学習は、世界で起こる社会的問題を周縁に意識させながら、かつ直接的に生々しいものに触れさせることなく(触れていないかのように?!)活動を進めることができます。これは、「文化」が政治、宗教などと比べると、一見して思想的に中立的な立場をとっているように感じられるためでしょう。異文化理解の学習は、現実の問題への直視を避けながら、その解決に向けて理解を進める活動に見えるのです。このようにして、学校教育で異文化理解の学習は取り扱われやすいテーマの一つとなっているのではないでしょうか。

 しかしながら、周知のように「文化」は社会で生活する人の生活様式、行動様式の総体です。Kubotaは「文化の本質というものは言説的構造物、つまり何らかの権力・利害関係のもとで創り出されたものである、所与のものではない」と言います(Kubota, 2010)。学校教育での異文化理解の学習が、政治的・思想的問題を覆い隠すように取り上げられる時に、別の問題を生み出してしまうことが懸念されます。異文化理解には、多様性の管理や平等幻想など弱者やマイノリティーの立場を現実的に縮小する可能性があるからです(中原, 2022)。「多様性」を奨励し推進する言説が、「差異をめぐる新たな包摂と排除の力学を作動させて、受け入れやすい差異を選別化して管理する手法と結び付」いていることも指摘されています(岩渕, 2021)。学校教育における異文化理解の学習も、政治的・思想的に無味無臭であるかのように取り扱われるならば、批判的に指摘される上記のような構造を現実化させてしまいかねません。「身体文化」に関する異文化理解もこうした懸念から無縁ではないでしょう。むしろこうした危険性は、直接的に身体化を促す「身体文化」を題材とした異文化理解の学習場面で顕著に表れることも考えられます。 

 Pillerは、文化は「社会的、政治的、言説的に構築されたもの」で「さまざまな意味づけが生み出されては新たなものに変わっていく絶え間ないせめぎ合いの場」と言います(Piller, 2017)。過去に成立の背景をもつ文化についても、現代的な意味を解釈する試みが時に必要でしょう。無意識のうちに新たな排他性をつくり出してしまうことに注意するためです。学習者の意味づけを再構成させることに教育の一つの意味があるとするならば、異文化理解は優れた教材です。隠れてしまいがちな、あるいは隠されてしまいがちな生々しい思想性をも含んで異文化理解を取り扱う方法について考えていきたいものです。

・岩渕功一(2021)『多様性との対話-ダイバーシティ推進が見えなくするもの』.青弓社.
・Kubota, R. (1999) Japanese culture constructed by discourses: Implications for applied linguistics reserch and ELT. TESOL Quarterly, 33, 9-35.
・中原瑞公(2022)批判的視点から「異文化理解」を捉え直す.中国地区英語教育学会誌.52, 27-37.
・Piller, I. (2017)Intercultural Communication: A Critical Introduction. Second Edition. Edinburgh University Press.

(写真:UnsplashのClay Banksが撮影した写真)

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