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研究者コラム:大森重宜(金沢星稜大学人間科学部研究)

研究者コラム

令和6年能登半島地震と風流としての大学能登駅伝

金沢星稜大学人間科学部 教授
大森 重宜[スポーツ人類学]

 令和6年1月1日夕刻、能登半島でマグニチュード7.6、最大震度7の大地震が発災しました。狛犬や常夜灯は崩れ、社殿は大きく波打ちました。境内の数百人の参拝の人々に「鳥居から建物から離れて!」と叫び続けました。地面からは白砂と水が湧き出し一面池のようになりました。直後、5mの津波警報と避難情報が発せられたため人々を避難所へ誘導しました。自身は急遽金沢の放送局からのラジオ出演依頼を受け被災状況を説明しました。その後、少しでも人々のパニック状況を緩和するため参道の50個の提灯の明かりを燈し境内に留まっていました。震災の被害は甚大であり電気、道路、上下水道などのインフラはもとより死者・行方不明者は594人、住家被害棟数は80,000棟超、令和7年10月現在、能登の人々の傷ついたこころを含め未だ復興は道半ばです。

写真1 令和7年度 青柏祭本儀:大杯の儀(筆者提供)

 能登は半島という地理的閉鎖性により独自文化を形成し、多くの民俗行事、伝承文化が現存していました。UNESCOの世界無形遺産に登録された農耕儀礼「あえのこと」や自身祭主を務める「青柏祭の曳山行事」、国重要無形文化財は6件、指定無形民俗文化財は84件で祭り、民俗の宝庫と称されてきました。一方、2011(平成23)年、能登半島は佐渡とともに先進国として初めて世界農業遺産に認定されました。単なる遺跡、遺産ではなく人々の生活のシステムそのものが継続されていることを重視されています。認定された要因の一つは数世紀にわたる祭り・文化の継承が見られるためです。能登半島は小集落が多く、孤立的ではあるが同質的であり、相互の関係に「結」などの社会連帯性がみられます。そして宗教的「聖」によって支配され、人々はその社会的規範に従順で強い集落意識があります。祭は宗教的聖として人々の連帯を強化する象徴的行為であり、祭りの継承が地域社会に果たしてきた役割は非常に大きいといわれます。令和6年、能登の祭りのほとんど全てが中止され、青柏祭の曳山行事も神事のみの執行となりました。しかし、令和7年は社殿が倒壊していても祭りが復活し、多くの祭りで地震前よりの神賑わいが見られました。祭りの再開に懐疑的意見も多くありましたが、祭り後に人々の心の安寧と暮らしのためには大変役立ったとの声を聞きます。しかし、能登半島は少子高齢化が著しい地域です。地震により過疎化が20~30年進んだといわれています。お祭り助け隊など日本中からの支援と援助が祭り復活の原動力となっている住民不在の祭りも少なからず見られます。公的復旧活動が一段落後の祭りの継承が大きな課題です。

写真2 令和7年 UNESC無形文化遺産「青柏祭の曳山行事」(筆者提供)

 大学能登駅伝は能登半島が国定公園に指定されたことを記念して1968年に第1回大会を開催され、当時は箱根、全日本駅伝と並ぶ日本三大大学駅伝と称されていました。読売新聞社北陸支社、北信越学連が主催となり、富山県高岡市をスタート、珠洲市や輪島市を回り、金沢市までの26区間341.6kmのコースで全国の大学が参加して行われていました。石川県とともにこの駅伝の復活を能登半島復興の象徴としたいと計画しています。更に駅伝、大学スポーツの価値、社会との関わりを新たに考える機会ととらえられないか。全国の大学との連携を深め過疎化、少子高齢化が進む地方の在り方を考える実践活動にしたいと思います。

 祭りと駅伝に共通する概念は風流です。風流(ふりゅう)とは、祭りで趣向を凝らした作り物に発し、様々に飾り立てた作り物、これに伴う音楽、舞踊などの神賑わいの諸行事を思いつくまま雅を意識して行う行事です。特に疫癘の流行後に発展した歴史があります。863(貞観5)年、国内の疫癘の大流行を鎮めるため神泉苑で国家行事として御霊会(祇園祭の始まり)が行われました。その後、シルクロード経由して伝わった雑技「散楽」などが人々により行われ朝廷の意向に反して人々は生を楽しみます。その後京都の経済が発展し現在の祇園祭の山鉾につながりました。令和6年青柏祭の曳山行事では日本最大の曳山の曳行に代わり元シルクドソレイユ団員らによる散楽を奉納していただき、多くの人々にこの風流を楽しんでいただきました。風流はその時にできることを行うことが大切であるのだと思います。能登の復興の定義は能登の祭りの根本ともいえる「よばれ(おもてなし)」の復活にあると思います。祭りの再興と大学能登駅伝の復活にはこのよばれの精神が必要であると考えています。祭りも駅伝も住民が客人(まれびと)を歓待しともに楽しむことを目指します。

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