記事一覧/News

若手研究者 研究紹介:堀川 峻 (筑波大学体育系 特任助教)

若手研究者 研究紹介

堀川 峻(筑波大学体育系 特任助教)

「武士道」に関する研究過程と今後の展望

 筆者の専門は武道学であり、特に武道の歴史と深く関連してきた武士道思想について、研究を進めてきました。今回は、博士論文『近代における武士道思想に関する研究-思想的連続性と武道との関連について-』の中から、現在公開できる部分について、述べさせていただきたいと思います。

 現代において武道は「武士道の伝統に由来する日本で体系化された武技の修錬による心技一如の運動文化」と定義されており(日本武道協議会・2014)、武道の伝統性や文化性は「武士道」の語によって表現されています。しかし、近年の武士道思想に関する主要な先行研究では、明治時代以降に『創出』・『発明』された伝統として武士道が考察されており (鈴木康史・2001、Oleg Benesch・2014)、江戸時代以前の武士社会で育まれてきた思想とは別物として、明治時代以降(近代)の武士道が扱われています。たしかに、明治27年以降の「武士道ブーム」を契機として説かれた武士道論の多くが近代的な性格を有していたのは事実ですが、筆者はその中にも近世・江戸時代以前の武士社会で育まれた武士道との思想的な連続性・つながりがあるのではないか、という部分に着目して研究を行いました。さらに武道の伝統性を問い直すために、近世から近代への武士道の思想的連続性と武道との関連性についても考察を行いましたが、論文公開の都合上、今回は近代武士道にみられる思想的連続性に関する部分のみ、ご紹介させていただきます。

 はじめに、近世期の武士道思想は、大きく「武士道」と「士道」に大別され、「士道」が武士の思想を主導したことが知られています。本論文では、「武士道」を「武的・戦闘的な思想への回帰を重視する思想」、「士道」を「倫理・道徳的な理想の実現を標榜する思想」と規定して、その内容や特徴がいかに近代武士道へ受け継がれているのかを明らかにし、さらに「士道」の系譜に位置づけられる後期水戸学の思想が近代武士道へと受け継がれる思想的変遷ついても考察を行いました。

 まず、明治27年に始まる「武士道ブーム」発生以前に、重野安繹・松本愛重・内藤耻叟という3名の史学者が著した武士道論を考察しました。重野・松本の武士道論では、武的・戦闘的な思想の重要性が説かれており、近世「武士道」の思想的特徴が受け継がれていました。また、後期水戸学派出身の内藤は、武的・戦闘的な一面よりも、「士道」に特徴的であった倫理・道徳的な思想を近代へと受け継ごうとしていました。ここから、近世後期に「士道」の系譜にあった後期水戸学の思想が、内藤によって近代武士道論へとつながっていく思想的な変遷も確認されました。  

 また、「武士道ブーム」を牽引した哲学者である井上哲次郎の武士道論についても考察を行いました。井上は武士道を「実行」するための「決心」を、今後も受け継ぐべきであると語っていました。さらに井上が語る武士道の「実行」の精神は、武的・戦闘的な思想と倫理・道徳的な思想のどちらにも通ずる意味合いで用いられており、その点において「武士道」と「士道」に共通して含まれる「実践性」を近代へと継承しようとしていたことが明らかとなりました。さらに、井上は水戸学の思想を認識しつつ、内藤と同じく武士道を倫理・道徳と結びつける論調をとっており、後期水戸学から内藤の近代武士道論へと続く「士道」思想の系譜に、井上の武士道論も位置づくものであると考えられました。

 以上から、近代武士道には、近世期の「武士道」と「士道」、それぞれの内容や特徴、また両者に共通する「実践性」が継承されており、さらに「士道」は、後期水戸学の影響を受けつつ近代武士道へと受け継がれていたことが明らかになりました。

 今後の展望と致しまして、さらに武士道思想について考察を深めるためには、宗教学的な視点や哲学的な視点など、様々な角度から武士道を捉えていく必要があると感じています。また本論文において、近世以前の武士道に関しては、先行研究の指摘を概観しながら代表的な文献にあたることで「武士道」と「士道」を規定しましたが、今後は近世武士道についても詳細に検討を行っていくことで、近代以降の武士道とのつながりをより深く探っていきたいと考えています。さらに、これまで近代武士道については、当時を代表する歴史学者や哲学者が著した武士道論を中心に考察を行ってきました。しかし武道学分野に携わる者として、武道の伝統性や文化性の探求を行っていくためには、武道実践と深く関わる武士道思想についても考察を深めていかなければならないと感じています。以上の点を今後の展望・課題として、これからも頑張っていきたいと思います。

【学歴】
・筑波大学体育専門学群 卒業
・筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻       修了
・筑波大学大学院人間総合科学学術院人間総合科学研究群体育科学学位プログラム修了

【論文】
・堀川 峻; 酒井利信; 大石純子「井上哲次郎の武士道思想に関する一考察:近代武士道隆盛以前からの連続性に着目して」武道学研究/55(1)/pp.13-26, 2022.
・酒井利信; 阿部哲史; 二宮恭子; 堀川 峻「東欧における武道の教育力に関する研究:ユーゴスラビア紛争時における元兵士の事例を中心に」武道学研究/54(2)/pp.125-139, 2022.
・二宮恭子; 酒井利信; 大石純子; 堀川 峻「剣術における神道的宗教性に関する一考察 : 新当流を中心に」身体運動文化研究/26(1)/pp.15-29, 2021.
・堀川 峻; 酒井利信; 大石純子「近代初頭の武士道思想に関する一考察:『武士道の淵源』と『武士道と倫理・道徳』に着目して」武道学研究/54(1)/pp.15-27, 2021.

【受賞歴】
・令和4年度 日本武道学会優秀論文賞
・平成30年  身体運動文化学会第23回大会若手奨励賞

Related post

Language:

ピックアップ記事

  1. 2024.11.28

    身体運動文化学会第 29 回大会のプログラム・予稿集

    各位身体運動文化学会第 29 回大会のプログラム・予稿集が完成しました。
  2. 2024.11.21

    身体運動文化学会第 29 回大会 について(第3報)

    身体運動文化学会第29回大会実施要項 【第3報】実施要項 【第3報】ダウンロード...
  3. 2024.10.25

    若手研究者研究紹介:北川 修平 (愛知教育大学 教育学部 助教)

    若手研究者研究紹介メルロ=ポンティの現象学的身体論と身体知北川 修平 [スポーツ現...

Archives