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身体運動文化学会 会報第31号(2012年9月末日発行)

身体運動文化学会 会報第31号(2012年9月末日発行)
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人間行動とスポーツ科学

三浦敏弘

現代社会は、ますます質の高い生き方が求められ、健康で活力のある明るい社会の創造に向け、そのあり方・問題の所在を、人間とスポーツ、身体運動、健康生活等のかかわりを通して総合的に考えなければならない。運動やスポーツのこれまでを考え、同時にスポーツ現象や人間・社会・文化への理解を深めるということである。具体的には、理系分野を視野に入れながら、身体行動に関する様々な文系分野である生活文化、スポーツ行動を生活設計へ応用することを考えることである。すなわち、人間のメカニズムと人間行動事象を融合することも一つの考え方でもある。
スポ-ツ競技で超人的な50㎝を超える記録が出ると「人間の限界」という称号が与えられる。しかし、常にその壁は突破され、「限界」を口にできなくなっている。その一因は、スポ-ツ科学が浸透されたことによるものである。これ以上の記録更新はあるのであろうか。それは、いつなのであろうか。例えば、1968年のメキシコ市オリンピックスタジアムで優勝候補でなかった米国のボブ・ビ-モンが幅跳びで信じがたい記録を打ち立てている。物理学者たちは、高地であることで引力1㎏につき1g軽く、空気抵抗が少ない、空中で10㎝、助走の加速で20㎝得をしている。脳科学者たちは、高地で酸素不足では、特殊な刺激を受けると中枢神経の感度が急激に鋭敏になりの好記録ではないかとしている。それゆえに記録は、高地世界記録として扱われている。俗に言う「一発屋」として扱われているしかしながら、別の説もあげられている。実は、「失敗ジャンプ」であり、助走からの踏切と空中動作が、今までと違っている。この後、ビ-モンは目立った記録もなく引退した。「鳥は、想像以上に飛べない」詩人、寺山修司の言葉が思い浮かぶ。現代科学は、「足の高さが低い」「腕の角度がよくない」などと人間の動きをデ-タ化しカメラ撮影でコマ送りにされたフォームを分析する。これらの分析を加えれば加えるほど、選手たちの想像力は枠にはまっていくのではなかろうか。科学者やスポ-ツ関係者は、とても科学的に現実的であるということである。例えば野茂選手のトルネ-ド投法やイチロ-の振り子打法といった型破りなフォ-ムの選手達が野球界を変えたことや陸上界にも、とんでもない走り、跳躍する選手が出ている事実を無視することは出来ない。科学は後追いであるといえよう。日常生活の中においても、人間行動から得られる文化的考えは、科学的な考えと融合することで新しい考えを創造していく糸口であるといえる。
今年、7月27日開催のロンドンオリンピックでの記録と文化に期待したいものである。

野外教育と自然体験活動

-滋賀県の自然体験活動指導者養成の現状と課題-

中野友博(びわこ成蹊スポーツ大学)

びわこ成蹊スポーツ大学は今年で開学9年目を迎えている。自然環境豊かな滋賀県湖西地区に位置し、地域の自然環境を生かしたカリキュラムを準備、毎年改善を加えている。また大学周辺地域との関係づくりも少しずつ始まってきた。地元、滋賀県は琵琶湖など自然環境に優れた環境資源を有していることから、先進的に環境教育に取り組んできている。県教育委員会からは「環境教育実践事例集」や環境教育副読本「あおい琵琶湖」が発行されている。また、1983年にはびわ湖フローティングスクール「うみのこ」が就航し、県内の小学5年生は全員「うみのこ」に乗船し、琵琶湖体験学習を行っている。フローティングスクールでは「びわ湖環境学習:琵琶湖を学ぶ、琵琶湖を通して学ぶ」と「ふれあい体験学習:郷土・人とふれあう、共に学びあい、行動する」が行われている。フローティングスクール以外の学校教育場面での自然体験型環境学習は、琵琶湖森林づくり県民税が経費となっている森林環境学習「やまのこ」事業がある。やまのこ事業は、2007年度から小学4年生を対象に県内の森林体験交流施設を活用して実施されている。
文部科学省と農林水産省、総務省が省庁連携し、平成19年より「小学校長期自然体験活動推進事業」がスタートした。滋賀県でもこの推進事業の1年目より「自然体験活動指導者養成研修会(以下、自然体験研修会)」を実施し、毎年30名前後の全体指導者を養成してきている。学校教育カリキュラムの中で展開される自然体験に関わる指導者である。しかし「やまのこ」「うみのこ」は県下の全小学校が実施しているが、文部科学省が推進する小学校長期自然体験に関係する事業はまだまだ少ないのが滋賀県の現状である。小学校、中学校で実施されている1泊2日から2泊3日で行わる大津市のふるさと学習、あるいは総合的な学習の時間を利用したスキー教室や自然学校の実践のみである。
「うみのこ」は県教委直轄のセンターがあり、そのサポーターシステムが既に機能している。「やまのこ」はやまのこ事業基幹施設、県下8施設にやまのこ指導員が各1名配置され、その施設指導員と共に実践している現状がある。文部科学省や滋賀県が自然体験研修会を毎年続けたとしても、その指導者がどこで活動できるのか、実践できるのかということが課題となっている。
県下では、ボーイスカウト、ガールスカウト、キャンプ協会、ネイチャーゲーム協会などの社会教育関連団体が独自の指導者養成カリキュラムの下、毎年指導者養成を行なってきている。このような民間(社会教育関連)の自然体験活動指導者と学校教育カリキュラムでの活躍を期待されている指導者はおそらく、大部分は重なっていると思われる。なぜなら、自然体験研修会の参加者リストを見ると所属の欄には、自然体験活動関連民間団体名や自然体験活動関連の施設名が並んでいるからである。
文科省が進める指導者養成事業も必要ではあるが、民間の社会教育団体の指導者養成事業のカリキュラムの中に学校教育の中での自然体験活動に関する内容を盛り込んだり、あるいはうみのこサポーターややまこの指導員の養成講習会に自然体験研修会の講習会、カリキュラム単位を重ねていくことはできないのものだろうか。
あとは、自然体験活動指導者のリーダーバンクを作成し、団体を越えて指導実践できるシステムを新たに模索していくしかないかな?横の連携を民間から進めていくことになる。

実践研究の可能性と意義

鹿屋体育大学
竹中健太郎

教育職として領域は異ならないまでも、私は30代半ばで高校現場から大学へと職を移しました。大学に勤務して早くも4年が経過しますが、研究遂行の経験値と従来からの研鑽不足がたたり、未だ研究の分野では駆け出しに過ぎないと実感する毎日です。しかしながら剣道を専門とする大学教員である以上は、主たる剣道を通じて学生への教育は勿論、研究活動においてもこの先成果を上げるべく邁進する所存です。今回の執筆にあたり、先ず以って今後の皆様のご指導のほどを切にお願い申し上げます。
さて、その研究活動は実践研究を中心としてきました。というのも大学に赴任と同時に、勤務大学で動画を用いた実践研究を掲載するウェブ上のジャーナル(スポーツパフォーマンス研究)が発刊されました。そこで我々実技教員に論文投稿が求められたのが契機となり現在に至っています。このジャーナルは、運動実践に欠くことのできない画像データを提供するところにオリジナリティーが存在します。加えて研究内容も対象者の人数やそれに伴う統計学的な手法の有無、自然科学及び社会科学的手法など従来の親科学の方法論に限定しない特徴を持ちます。つまり専門性を考慮し、その領域で活動する専門家が共有できる実践知や身体知の創造、蓄積が目的となっています。
この特徴に対する学術的な是非はさておき、私自身は現場経験が長かったため、結果に至るプロセスを分析し事例として報告する実践研究は、現場の専門指導者に極めて有益な情報を提供するものと考えます。一流競技者の養成を試みた場合、動作解析などの自然科学的手法をもって導き出された一般選手と一流選手とのフォームや出力、スピードの差異を明確に知ることも重要です。しかし実際の指導者は「どうやってその動きを身に付けたか?」「どうやって速くなったか?」を知りたいはずです。さらに一流選手になれば多くのトップアスリートに該当する普遍的な情報は既に必要なく、超一流選手の実践事例だけがその域に到達するための手掛かりとなるのではないでしょうか。
昨年末に東京ビックサイトにおいて上記ジャーナルの発刊記念シンポジウムが開催されました。パネリストの一人で元プロ野球選手の小宮山悟氏は、野球のコーチングの現況を語る中で、次のように述べられました。「速いボールを投げる、あるいは打球を遠くに飛ばす方法論は既に確立している。だが野球は点を取る競技であり、点を取れないと意味がない」と。剣道も水泳や陸上などの記録競技ではないため、全く同様です。打突動作の完成度が高くとも、自ら打突の機会を見出す力がなければ勝利に結びつきません。特に剣道の場合は、伝統的な身体運動文化としての特性と競技としての性質の共存に成功しています。したがって競技力の向上に「気」や「心」の働きといった形而上の要素を外して考えることはできません。野球にしろ剣道にしろその辺りのノウハウは、もはや技術を超えた実践者の技能の領域であり、科学的に検証するには限界があると思われます。つまり実践者の経験値と感性に頼る他ありません。以上のことを鑑みると、ことスポーツや武道、芸術、芸能などの世界においては、秀でた実践者の技能獲得に至る事例の蓄積は重要な価値を見出すのではないかと思えてなりません。
冒頭にも述べましたが、私は大学卒業後13年間の公立高校での教員生活を経て今に至っています。その間、専ら選手としての自分自身と、受け持つ生徒の競技力向上に多大な時間と情熱を費やしてきました。そんな身勝手な当時の私を辛抱強く育てていただいた周囲への恩恵は言葉になりません。今はただ、その経験を無駄にしないことが私の務めと肝に銘じています。したがって、今後の研究活動も浅学非才は承知の上ではありますが、現場へのダイレクトな還元を最優先した研究を行っていきたい思っています。

編集後記

会報31号をお届けいたします。本号に寄稿していただいた中野友博先生の、滋賀県における環境教育のご紹介記事を拝読し、また、現在盛大に開催中のロンドンオリンピックの報道に接して、環境とスポーツや身体運動文化との関係について(30号の後記でも触れさせていただきましたが)改めて記させていただきます。ロンドンオリンピックは、「オリンピック史上、最も環境に配慮した大会」の実現を目指していることは報道等でもよく知られてきています。可能な限りの既存施設の利用、永久施設の建設は五輪後も長期利用が見込まれるものへの限定などの建設方針を掲げ、開発の遅れていたロンドン東部地域をその会場の中心とすることによって、自然環境に配慮した都市圏に変容させるというように、環境対策をとくに意識した大会となっています。また、持続可能性(sustainability)をキーワードとしたり、オリンピック会場からの二酸化炭素排出量や再生エネルギー活用等について数値目標を定めたことなども、これまでの五輪との比較の上で進歩的といえましょう。英国はこうした取組みを、その社会全体にも波及させ、持続可能な生活環境の保全・確保することを視野に入れているようです(『自治体国際化フォーラム』2012年5月号特集、参照)。私事で恐縮ですが、2003年度に所属大学の在外研究制度を利用してロンドン南西近郊の町に1年近く滞在しました。(現在では変わっているかもしれませんが)その当時の、たとえば資源物回収等についての意識や分別方法は、正直言って先進国にふさわしいものではありませんでした。今回の五輪でのこうした取り組みは、英国社会自体が変わろうとしていることの表れでしょうし歓迎すべきことですが、これが社会全体の取組みとして「持続」されるかどうかがキーとなるでしょう。英国でも日本でも、環境教育は以前とくらべればかなり進んできていると思われます。肝要なことは、そうした取り組みが社会全体の意識形成に及ぶまで持続的に行われることであり、中野先生の提言される民間と学校教育の融合した環境教育の場の形成も検討されるべき重要な事項と考えます。(長尾 進 記)

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