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若手研究者 研究紹介 阿部弘生(東北文教大学短期大学部)

阿部 弘生(東北文教大学短期大学部子ども学科 講師)

 筆者の専門は武道学であり、現在は幼児教育・保育者養成に関する研究も進めている。ここでは、幼児教育における運動指導という視点で述べさせて頂く。
 実際、全国の様々な幼児教育施設において運動指導は取り組まれている。吉田ら(2014)の調査によると、運動遊びのみを指導する指導者がいる幼稚園は過半数を占めており、教諭の満足度も高いという結果が出ている。しかし、杉原ら(2014)の調査によると、特別な運動指導を行なっている園とそうでない園との運動能力を比較した場合、後者の運動能力が有意に高く、ほとんど全ての運動、運動のやり方、決まりやルール、目標や課題を指導者の決定によって行っている園の運動能力が最も低いといった調査結果が報告されている。さらには、指導者主導の小型化した運動の技術指導をすればするほど運動能力が低くなってしまうとまで言われている。指導者の意図が強すぎる指導に対して警鐘を鳴らす報告である。

 ここで、幼児期の運動発達を考えたとき、動きの洗練化と動きの多様化についておさえておく必要がある。「幼児期運動指針」によると、獲得する動きの種類を増大させていくことが動きの多様化であり、基本的な動きの運動の仕方(動作様式)がより合理的・合目的的になることを洗練化としている。簡単に言うと、「これまで見られなかった動きをするようになった」ことが動きの多様化であり、「動きが上手になった」状況が動きの洗練化である。さらに、平成29年の改訂により、保育内容の領域【健康】では内容の取扱いにおいて多様な動きを経験できる指導の必要性が追記されたことからも、幼児期には様々なレパートリーやバリエーションのある動きの経験が重要であるとされている。
 たしかに、就学以降の教育と幼児教育の最も異なる点は教育活動が子どもの興味や関心から始まるというところにあるが、一方で、指導者が経験してもらいたいことがあることも事実である。従って、幼児教育には子どもの自己決定と指導の仕方とのバランスが重要であり、指導の際も画一的な動きを要求し上達を促していくのではなく、多様な動きの経験に重点を置き、さらには幼児が自由感をもって活動していく方法を考えていくことが必要である。
 さて、筆者の勤務する東北文教大学は同じ敷地に付属幼稚園があり、年間22〜24回、大学・短大の教員が課外教室として子どもたちに音楽や造形等を指導している。筆者(2016)は年中組の運動教室を対象とし、ボール遊びの実践を通して指導者の運動の提示と子どもたちの自由な時間における動きの出現の関係について観察を用いて論じてきた。結果としては、回数を重ねるごとに出現する動きが増え、さらには徐々に動きのぎこちなさがなくなる等、洗練化が起きている様子も確認された。多様化に焦点を絞った運動指導が子どもの興味・関心を引き出し、さらには動きの洗練化に向かうきっかけづくりとして有効であることの一つの結果を得られたと考えている。ただし、自由に遊んでいる中で、ボールを用いてままごとをする姿や何かに見立てている姿が散見され、子どもの動きを誘発する上で、見立ての要素をいかに組み込んでいくかが課題として残っている。

 ここで、研究課題として浮かび上がった見立てについて触れておきたい。子どもは、日常の様々な経験から、縄を蛇や蜘蛛の巣に、ボールを爆発物や宝に見立てて遊ぶことを少しも不思議に思わず「ごっこ遊び」(虚構の世界)に夢中になる。4〜5歳くらいになると、他者との活動が意識的に行われ、言葉による伝え合いを通して見立てが膨らんでいくという状況が日常的に現れてくる。ここに運動指導における指導者の言葉掛けの重要性がみえてくる。例えば、「天井が下がってきた」という指導者の言葉で子どもたちは実際にしゃがんだり、這いつくばったり、手で頭を守ったりするという状況が生まれる。しかし、この時に指導者からの「しゃがんで」だとか「手を頭の上に持ってきて」といった指導が繰り返されてしまえば、それは単なる動きの習得を目指したトレーニングになりかねず、「遊びや生活を通した」教育からは離れていってしまう。いかに子どもたちが遊びとして取り組んでいる中に指導者の意図する動きを出現させられるかが大切であると考えている。
 最後に、武道学に対する筆者の研究を振り返ってみると、筆者ら(2013)は武術修行における宗教性の関心から、修験道思想が色濃く出ている天流に着目し論じてきた。その中で、言語活動が技の発動に関わっていることについて言及した。また、酒井(2005)は新当流の呪術性が身体動作と言語の二つの要素によって成り立っていることを指摘している。人のもつ思いや願いが言葉になり様々な身体運動と密接に関わりながら受け継がれてきたとも考えられる。武道における技術(身体運動)や思想的背景を明らかにする上で言語活動に注目する必要があることを感じている。
 子どもたちが言葉一つで想像をめぐらし、身体表現を発展させていくことを眼前にしたことをきっかけに、言葉が身体感覚や身体表現に深く関わることに気付き、それが武道(武術)にとっても例外ではないことを感じるようになった。偶然とはいえ、幼児教育の実践や研究の経験が武道(武術)への関心をこれまで以上に高めることになり、身体運動文化学会の学際性に深く感謝している。

【学歴】
 山形大学教育学部生涯教育課程生涯スポーツコース 卒業
 筑波大学大学院 修士課程体育研究科 スポーツ科学分野専攻 修了

【論文】
・保育者養成課程学生の援助における現状と課題:教育実習Ⅱにおける部分案.横沢文恵、阿部弘生、奥山優佳.東北文教大学・東北文教大学短期大学部紀要、9、47-68、2019
・保育者養成課程における総合的視野の育成に関する基礎的研究.東北文教大学・東北文教大学短期大学部紀要.阿部弘生、奥山優佳、横沢文恵.8、81-94、2017
・多角的・総合的視野をもった保育者の養成における一考察:<子どもと遊び>から教育実習へのつながり.横沢文恵、阿部弘生、奥山優佳、永盛善博.東北文教大学・東北文教大学短期大学部紀要、6、123-137、2016
・子どもの運動の多様化に関する一考察:東北文教大学付属幼稚園課外運動教室におけるボール遊びの実践を通して.阿部弘生、石井裕明、山崎裕美、阿部美樹、大場美咲.東北文教大学・東北文教大学短期大学部紀要、6、105-122、2016.
・年中児における<はずみ動作>獲得に関する一考察:東北文教大学付属幼稚園加害運動教室のとりくみ.石井裕明、阿部弘生、渡邊榮子、山崎裕美、加藤ゆき、五十嵐悠維、大場美咲.東北文教大学・東北文教大学短期大学部紀要、5、25-34、2015
・運動・表現遊び創作の基礎力育成に関する実践的研究:『忍者ごっこ‐宝を探そう』を通して.阿部弘生、深瀬嘉子.東北文教大学・東北文教大学短期大学部教育研究、6,49-69、2015
・武術修行における修験道思想に関する一考察:天流を中心に.阿部弘生、酒井利信、大石純子.身体運動文化研究、18-1、29-41、2013.


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