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[研究者コラム] 飯田義明(専修大学経済学部)




コロナ禍でのフィールドワークから考える

専修大学経済学部 教授
飯田 義明

 私は,ここ10年ほど長野県諏訪地方で6年に1回(7年目)開催される式年造営御柱大祭(以下,大祭)を身体文化研究のフィールドとしている。大祭は日本三大奇祭のひとつであり,調査で関係諸地区の人々にお世話になっている。前回は2014年から大祭終了の2016年まで,足繁く諏訪に通い,様々な地区の祭事・行事などに参加させて頂いた。当初,祭りやその準備を遠くから眺めるのが精一杯であったが,諏訪に何度も足を運ぶうち徐々に地元の氏子の方と会話を交わすことができるようになった。その1年後には,地区の祭事・行事後の直会(なおらい:神さまにお供えした御神酒などを行事終了後に参加した人々と共に開催する会)などに参加させてもらい,地区の人々と酒を酌み交わすなど距離を縮めることができてきた。「よそ者」から「身内」に入ることの困難さを感じつつも,時間をかけて心を開いてもらえた瞬間は何とも表現できないくらい感慨深い。とはいうものの,全ての関係者に受け容れられるはずもなく,いつまでたっても「あいつは何者だ」という視線にも晒されているのは確かである。

筆者撮影:大祭(木落し)

 ここで少し話を大祭に戻そう。今年の2022年は大祭開催年であり,本来であれば2020年後半からその準備で大祭へ向かう,活気に満ちた「心ひとつ」に向かっていくプロセスを進めているはずであった。しかしながら,コロナ禍のなかその様相は一変してしまう。筆者も現場に足を運ぶことを遠慮し,地元関係者には電話を通して状況を聞くに留めていた。大祭に向けて各地区では,「綱打ち」「根フジ採り」など様々な準備が行われる。これらの作業は,地区ごとに作法や形式が異なっており,世代を超えて口伝と身体実践を通して継承されてきた。

  今年の大祭では4月2-4日に「山出し」、5月3-5日は「里曳き」「建御柱」が行われる予定であった。だが、諏訪大社から氏子に対し自粛要請が出され、多くの準備に関連する行事が中止、または人数制限がなされた。その渦中でも細々と、しかしながら各地区では確かな準備が積み重ねられていた。結局最終的な判断として、大祭において見所のひとつである「山出し」の曳行は、本来の人力ではなくトラックによって行われることとなり、多くの氏子たちは落胆した。これらの人力での作業がなくなることは、7年に1度の口伝で知ることができるチャンスを逃してしまうことであり、次世代にどのように影響するかわからず不安を感じるという。唯一「里曳き」は一般観客の参加なしではあるが通常通り行われた。私は前回から地区の法被を頂いており、何とかここに参加させてもらえた。観客のいない風景は、私には寂しい「里曳き」に感じられた。ところが、氏子たちにとっては「これが本来の祭り」であって「楽しめた」とのこと。そもそも観光客が大挙し、大祭の雰囲気が変容していったのは、ケーブルTV(LCV)や長野オリンピックの開会式の影響を受けた1990年代頃から。それが本来の「氏子のための祭り」という姿に戻っただけだと言う。

 里曳き終了後の8月から11月にかけて,地域の小宮祭(大祭年に開催される各地区の祭りで,各神社に大祭と同様に柱を曳いて建てる)が開催される。私がお世話になっている地区では,祭りを仕切る人々が大幅に若手(40才代後半)に入れ替わっていた。彼らにとって,これまで行われていた「全体で集まり,実際に経験を通して覚えてきた」方法が封印されたため,「コロナで本当に大変だった」と言う。そこで,「今回よくできていた」と年配の方々からの声を伝えると,安堵の表情を浮かべていた。しかし次世代への継承の不安は拭えない。地区によって異なる伝統的しきたりがあるこの祭りでは,身体知的に継承されてきた積み重ねが,約1300年間の年月に繋がっていると実感する。

筆者撮影:小宮祭

 「祭り」を開催するためには,地区や年代層など多様な関係性の確執を調整していかなければならない。いまはデジタル革命と呼ばれる時代的に大きな転換点にあり,機器を利用することによって「煩雑なことが楽になれば良い」との声もあり,世代によって考え方がぶつかることもあった。確かに,コロナ禍でZoom,Line等を利用した打ち合わせは行われていたし,「映像機器で作業の様子を保存すれば良いのでは」という意見もあった。しかし,今回を振り返った彼らが口にしたのは,「解らなかったときは,昔ながらの方法『前回の経験者に聞いて回る』という事が,何よりも役に立った」と言う。その直接聞くというプロセスが,実は地区のなかで,または各地区間(ブロック)の様々な繋がりのなかで調整機能を発揮していたことを,氏子たちは改めて認識した。今後もデジタル技術は指数関数的な発達をしていくであろう。が,この転換点に佇むなかでそこに関わる人々が何を残し,何を変えていくべきなのか,それはそこに住む人々が決定していくこととなる。今回皮肉にもコロナ禍によって,地域の人々には様々な気づきがあったといえる。

 「祭り」の秩序をつくりあげてきた伝統を、次にどう継承していくのか、また時代的転換のなかでどのように新たなものを受け容いれていくのか。これからも、彼ら/彼女らの身体実践を通して見えてくる「祭り」を見届けていきたい。 

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