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研究者コラム 大野 達哉(サレジオ工業高等専門学校)





サレジオ工業高等専門学校
大野 達哉

学生との会話から

 近年,AI・IoT(Artificial Intelligence・Internet of Things)の発展は著しく,日を追うごとに各国間の開発競争は加速している.昨今,様々な媒体で“AI”という言葉が取り上げられており,日本のAI技術発展は順調と思っていたが,実際は深刻な現状に立たされているようだ.日本のAIなどのIT(Information Technology)関連の開発を担う人材の育成は,経済産業省の調査によると不足の一途を辿っており,2030年には約59万人の技術者不足が懸念されるほど深刻な状況になっている.つまり,日本が世界水準のIT関連産業の質を担保していくためにも,その開発を担う人材の育成は急務といえる.

 私の所属は工業高等専門学校,一般的には「高専」と呼ばれ,現在全国各地に57校(国立51校,公立3校,私立3校)設置されている高等教育機関のひとつである.高専では,主に工学・商船・ビジネス系の3つの専門分野で「実践的かつ創造的な技術者の育成」を目的とし,在学5年間の一貫教育で,基礎理論を習得し,その理論を実験・実習で深化させることで実践的なテクニカル・スキルを獲得できるようカリキュラムが組み立てられている.このような独特の教育課程を経て,高専生は将来日本のIT関連産業を支えるエンジニア・実践的技術者として各々が社会へと巣立っていく.

 15歳からの早期専門教育を積んでいる賜物か,就職先の企業から高専生へのテクニカル・スキル(専門性)への評価は非常に高い.「好きこそものの上手なれ」といわれるように,自身が興味を持っていることに対しての直向きさは分野を問わず共通している.彼らがPCに向かったり,作業着を着たりして,黙々と作業に取り組んでいる時の集中力は感服してしまう.しかし,当然ながら彼らには嫌いなこともある.これは実際にあった事であるが,体育実技の授業後,ひとりの4年生に声をかけられた.「先生,体育の授業って,僕ら高専生に必要ですか?私たち,スポーツができるようになっても将来なんの意味もないのですが….」赴任初年度,私にとってこの言葉は衝撃的であった.その後,しばらくその学生と話をしていると「運動が“苦手”というよりは,運動が“嫌い”な学生が多いと思いますね.」と教えてくれた.実際に授業を担当していると確かにそのような雰囲気を感じる機会も少なくはない.しかし,学生の気持ちとして当然のことであったかもしれない.本校は,電気工学,機械電子工学,情報工学,そしてデザインの4学科で構成され,学生たちは将来エンジニアやデザイナーとして活躍が期待されている.体育の実技の成績が良かったり,スポーツに触れる時間が増えたりすること,つまりスポーツを「する・観る・支える」でいうならば,スポーツを“する”ことについては,正直彼らの仕事には何の関係もないことであり,できないからといって困ることもないのだ.

 就職先の企業から高専生の専門性(テクニカル・スキル)への評価の高さは先述した通りである.しかし,いざ入社した高専卒社会人のソーシャル・スキル(コミュニケーション)は,企業の求める期待に応えきれていないようである.つまり,「実践的かつ創造的な技術者の育成」には,テクニカル・スキル(専門性)に加えて,コミュニケーション(ソーシャル・スキル)面についても5年間で身につける必要があると考える.

 近年の社会的なスポーツ活動への取り組みの動向をみると,会社や組織を挙げてスポーツイベントをプロデュースすることも多い.例えば,卒業後の就職先でレクリエーション活動,進学先でのサークル・クラブ活動,同僚や友人とのレジャーなど,スポーツ活動への積極的な参加を求められる場合もある.さらに,これらのスポーツイベントへの参加だけでなく,自身がスポーツイベントの企画や運営を求められる可能性もあるだろう.特に,企業ではヘルスプロモーションの観点から,スポーツを“する”ことによって,参加者相互の交流やリフレッシュ,さらにはスポーツを“観る・支える”ことからも良好な人間関係を構築する上でのソーシャル・スキル(コミュニケーション)を獲得する意図もあるだろう.

 これらを踏まえて,本校の最終学年5年次の体育実技においてもソーシャル・スキル(コミュニケーション)の獲得・向上をねらいとし,1コマ(90分)の授業をスポーツイベントと捉え,学生自身が運営する方式を取るようにした.運営を担当する学生は3~4人とし,意見を出し合いながら事前に計画を立てる.もちろん,計画に関して教員への質問も可能である.さらには,参加者についても,他教科の先生方へ事前に打診し,授業へ参加していただけることも珍しくない.そして,授業が開始すると,困惑しながらも,運営を担当する学生と参加学生(クラスメイト)で互いにフォローしながら上手に授業を創り上げている.運営を終えた後の学生たちの会話からは反省点が挙がることが多い.しかし,4年次に私に声をかけてきた学生が,「自分が立てた計画で,自分で運営しながらクラスメイトが楽しむ姿をみていて,私も楽しくなりました」とスポーツ・運動が“嫌い”といっていた学生から“楽しい”という言葉を聞けた時の喜びは格別だった.実際に,この授業を通してソーシャル・スキル(コミュニケーション)を獲得できたかは,今後詳細な検証が必要であろう.この授業スタイルを,これからの学生と私,双方にとって身体運動を通じてソーシャル・スキルを獲得できる貴重な研鑽の場としていきたい.

 一昨年の学会大会で茨城県水戸市を訪れた際,旧水戸藩の第九代藩主:徳川斉昭によって建設された藩校・弘道館に「藝游於」(芸に遊ぶ)と記された扁額が掲げられていた.論語の一節「子曰 志於道 拠於徳 依於仁 藝游於」からの引用で,「六芸=礼(礼儀作法),楽(音楽),射(弓術),御(馬術),書(習字),数(算術)」を悠々楽しみながら勉強しなさいという教えを現代に伝えている.この言葉から,私は役に立つ,立たない関係なく,何事もひとつの教養として“楽しむ”気持ちを持って取り組んでほしいと学生たちに伝えていきたい.また,私自身も,学生たちと向き合っていく身として「志於道 拠於徳 依於仁」(道に志し,徳に拠り,仁に依り)という言葉を胸に,学生たちとの何気ない会話はもとい,ご縁のある様々な方との会話から得られる学びを楽しみ,人として大きく成長できるよう,日々精進していく所存である.(Physical Arts vol.39)

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